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第68回応用物理学会春季学術講演会(Online開催:3月16〜19日)


第68回応用物理学会春季学術講演会 酸化物TFTや有機TFTで興味深い発表が

3月16〜19日、Online方式で開催された「第68回応用物理学会春季学術講演会」。予稿集ベースで注目発表をピックアップする。

イオン注入によってa-IGZO-TFTの熱安定性を向上

 まず酸化物TFTでは、日新イオン機器がイオン注入によってa-IGZO-TFTの高性能化に加え、熱安定性も向上することを報告した。周知のように、a-IGZO-TFTはイオンまたはプラズマを用いたソース・ドレイン領域の抵抗低減によって高性能化を図ることができる。しかしながら、抵抗値低減後の熱安定性に関してはこれまで研究報告がほとんどなかった。そこで、一般的に抵抗低減に用いられているArをa-IGZO膜へ注入し、熱処理前後でのシート抵抗を測定することにより熱安定性を評価した。


図1 Ar+イオン1×1015cm-2注入後、あるいは(a)250℃アニール後、(b)300℃アニール後のa-IGZO膜シート抵抗イオンエネルギー依存性。およびArプラズマ20Pa×10min照射後、あるいは(c)250℃アニール後、(d)300℃アニール後のa-IGZO 膜シート抵抗照射エネルギー依存性1)

 シート抵抗値〜1013Ω/□のa-IGZO膜(膜厚50nm)をEAGLE XG glass基板上にInGaZnO4ターゲットを用いて誘導結合プラズマスパッタリング成膜した。ガス流量はAr/O=95/5sccm、圧力0.9Pa、RFパワー7kW、電圧は−400Vである。抵抗値低減のため、Ar+イオンを注入量1×1015cm-2、イオンエネルギー20〜80keVで注入した。他方、既存技術であるArプラズマも同様に圧力20Pa、RFパワー10〜30W、照射時間1〜10分で照射した。これらのサンプルを大気中250℃、300℃でアニールし、アニール前後のシート抵抗を測定した。

 図1-(a)にイオン注入後、または250℃アニール後のa-IGZO膜シート抵抗イオンエネルギー依存性を示す。イオン注入後のシート抵抗値は3×103〜104Ω/□に減少した。一方、20keV、40keV注入の250℃アニール後ではシート抵抗値が104〜105Ω/□に増大したが、80keVの場合、注入直後と同程度の値を維持した。さらに、図1-(b)のように20keV、40keV注入の300℃アニール後ではシート抵抗値が〜106Ω/□に増大するが、80keVの場合、〜104Ω/□となった。

 一方、図1-(c)にプラズマ照射後、あるいは250℃アニール後のa-IGZO膜シート抵抗照射エネルギー依存性を示す。プラズマ照射後のシート抵抗値は照射エネルギー、時間に関係なく、〜103Ω/□に減少するが、250℃アニール後では104〜107Ω/□に増大。さらに、図1-(d)のように300℃アニール後ではシート抵抗値が106-108Ω/□とさらに増大した。

 以上の結果は、プラズマ照射では電子密度を増大させ抵抗値を減少させる酸素欠損(Vo)がa-IGZO表面近傍に生成されるため、大気中のO2およびH2Oにより減少するのに対し、イオン注入では表面から離れた深い領域にVoが生成され、a-IGZO表面から侵入する原子、分子を抑制するため、熱安定性が高いことを示している。

IGOに水素をドープしてモビリティを向上

 一方、高知工科大学と出光興産の研究グループは新たな酸化物TFTとして浮上している多結晶In-Ga-O(IGO)に水素をドープしてキャリアモビリティを高めることに成功した。

 実験では、Ar/O2/H2雰囲気で酸素流量比R(O2)=4%にして水素流量比R(H2)を0〜9%で変化させてIGOおよび水素添加IGO:HをRFマグネトロンスパッタリング成膜した。成膜後、300℃で熱処理し、X線回折(GI-XRD)で結晶性を、Hall測定で電気特性を評価した。また、熱酸化SiO2/Si基板上にSiO2保護膜を有するボトムゲート型IGO:H-TFTを作製してトランスファー特性を評価した。

 図2-(a)に水素添加の有無によるIGOのXRDパターン(熱処理温度依存性)比較を示す。水素未添加IGOはアズデポ膜でも微小な結晶ピークが確認でき成膜中の結晶化が生じている。一方、水素添加IGO:Hでは200℃熱処理後でも結晶ピークは観察されず、300℃熱処理で明確な結晶ピークが得られた。

 図2-(b)は300℃熱処理IGOおよびIGO:H膜のHall移動度-キャリア濃度(μ-n)プロット比較である。IGO:HはIGOに比べHall移動度の向上に加え、キャリア濃度の制御範囲も1017cm-3まで拡大した。

 図2-(c)にIGO:H-TFTのトランスファー特性を示す。IGO-TFTはスイッチング特性を示さなかったのに対し、IGO:H-TFTはR(H2)=9%でキャリアモビリティ50.5cm2/Vs、S値100mV/decと優れた特性を示した。


図2 (a)XRDパターン、(b)IGO膜とIGO:H膜のホールモビリティvsキャリア密度、(c)ボトムゲートIGO:H-TFTのトランスファー特性2)

























感光性ポリマーをゲート絶縁膜に用いて有機トランジスタのVthを制御


 有機トランジスタでは、大阪大学と産業技術総合研究所の研究グループが感光性ポリマー絶縁膜を用いて閾値電圧(Vth)を制御したことを報告した。有機トランジスタのVthを制御する方法としてはこれまでゲート電極を2層用いる方法、自己組織化単分子膜や酸素プラズマを利用する方法、ゲート電極の仕事関数を変調する方法が報告されている。しかしながら、これらの手法は微細加工が困難である。そこで、PNDPEと呼ばれる感光性ポリマーを絶縁膜に用いてVthの制御および回路特性の向上にトライした。

 PNDPEに紫外光を照射するとOH基が生成され、その直上にあるトランジスタのVthが変化する。今回の実験では厚さ1μmのパリレン基板上にPNDPEを用いた有機トランジスタを作製し、図3-(a)、(b)のようにトランジスタのVthを紫外光の照射量で制御できることを確認した。

 さらに、インバータ回路を作製し(図3-(c))、負荷トランジスタのみに紫外光を照射することによりノイズマージンと周波数特性の向上を実現した。なお、周波数特性の向上はリング発振器でも確認できた(図1-(d))。


図3 (a)PNDPEによるVth制御イメージ、(b)UV照射デバイスと照射レスデバイスの特性比較、(c)Vgs=0Vにおける光学像、(d)リングオシレーターの出力信号3)


















液晶性有機半導体を用いて同時成膜・パターニング法の塗工速度を劇的に改善



図4 Ph-BTBT-10膜のパターニング写真 (a)偏光像、(b)FETのトランスファー特性4)

 有機TFTのプロセス技術では、東京工業大学が液晶性有機半導体を用いることにより有機半導体の成膜・パターニング速度を実用レベルに高めることに成功した。

 周知のように、有機半導体膜は親液撥液性パターニング基板を用いることにより、全面塗布するだけでパターニングすることができる。その塗布方法としてブレードコート法が広く用いられるが、上記の同時成膜パターニングでは有機半導体膜の均一性と高速成膜を両立することが難しい。実際、これまでの報告例では成膜速度はわずか数mm/minに過ぎない。そこで、液晶性有機半導体が示す自己組織化による高い配向性を利用することにより、実用的な速度でブレードコートパターニングすることにトライした。

 実験では、まず厚さ300nmの熱酸化膜付きシリコン基板(1.5×2.5mm)を親液撥液パターン処理。撥液性自己組織化単分子膜(SAM)としてドデシルトリエトキシシランを全面に成膜した後、薄膜を形成する領域の撥液性SAMを除去し、親液性SAMとしてフェニルトリエトキシシランを成膜した。続いて、Au電極を膜厚30nmで蒸着後、電極表面にペンタフルオロチオフェノールをSAMとして成膜した。そして、ヒーターを設置したブレードコート装置を用いて液晶性有機半導体Ph-BTBT-10溶液(溶媒:p-キシレン0.45wt%)を速度900mm/minでブレードコートした。

 この結果、液晶相温度120℃でのブレードコートによりこれまでの報告の100倍以上に当たる塗工速度で30個のパターン(0.5×1mm)に対して平坦性・均一性の高い結晶薄膜のパターニングを実現。塗工方向に平行にソース・ドレイン電極を配置したボトムゲート・トップコンタクト構造トランジスタにおいて平均移動度15.4cm2/Vs、変動係数18.8%が得られた。

 実際、図4-(a)のようにブレードコートで形成された結晶は塗工方向への液晶成長によって塗工方向に対して粒界が少ない結晶が得られた。また、有機トランジスタで一般的な構造であるボトムゲート・ボトムコンタクト型では図4-(b)のように平均移動度1.65cm2/Vs、変動係数13.1%が得られた。

量子ドットを用いた有機ELに新鮮味

 ディスプレイ関連では目立った発表が少なかったなか、信州大学が量子ドット(QD)を発光層に用いた逆構造型有機ELについて発表した。

 実験では、パターニング済みITO電極上にO2プラズマ処理を施し、AZO膜をスピンコートした後、Ar雰囲気中で120℃×20分間加熱処理した。その後、PEI(Polyethyleneimine)をスピンコートした後、100℃×20分間加熱。次に、F8(Poly[9,9-dioctylfluorenyl-2,7-diyl])またはPoly(9-vinylcarbazole)(PVCz)とQD(CdSe/ZnS)を混合した溶液をN2雰囲気中でスピンコートし、Ar雰囲気中でアニールした。そして、α-NPDまたはCBP、正孔注入材料、Alを連続で真空蒸着した。作製した素子は真空中で100℃×10分間加熱処理し室温に戻した後、電流密度-電圧-輝度(J-V-L)特性、発光スペクトル、電気容量の電圧、周波数特性を調べた。


図5 J-V-L特性5)

 図5にQDとF8の重量比を1:1と2:1にしたブレンド膜を発光層に用いた素子のJ-V-L特性を示す。QDとF8と混合することにより、10〜30nmの均一な薄膜が得られた。重量比の違いによって発光開始電圧が異なるが、これは発光層の厚さの違い(40nm、20nm)に起因していると考えられ、F8の濃度比率を減らすことによりQDの発光をより強く観測できた。

2液供給型ESD法によって有機薄膜太陽電池のバルクヘテロ発光層を最適化

 有機系太陽電池では、山梨大学が静電スプレー堆積(Electrostatic Spray Deposition;ESD)法を効果的に応用したバルクヘテロ接合型有機薄膜太陽電池について報告した。

 図6は今回採用した2液供給型ESD法の概略図で、2種類の溶液をそれぞれのシリンジからレートを変化させながら供給することにより、グラデーションのような形状を有する活性層を形成することができる。

 実験では、ITO膜付きガラス基板上に電子輸送層としてLiF膜を真空蒸着(10-4Pa以下)で成膜。次に、2液供給型ESD法を用いてP3HT:PCBM活性層を堆積した(基板温度50℃、印加電圧9V)。この際、下層がPCBMリッチ、上層がP3HTリッチ、中層がバルクヘテロ接合になるよう、溶液供給レートを調整した(溶液供給速度1〜2ml/h)。それぞれのシリンジにはP3HTとPCBMをCBに溶解し、さらにスプレー化溶媒としてアセトニトリル(混合比率8:1)を加えた。活性層成膜後、CBの雰囲気下でSVA処理(処理時間30秒、60℃)を行い、活性層の表面を平坦化した。そして、正孔輸送層としてMoO3、上部電極としてAuを真空蒸着して素子を作製した。

 図7に活性層の膜厚を変化させて作製した素子のJ-V特性を示す。その結果より、膜厚が増加するにつれて短絡電流が増加していることがわかる。これは、膜厚が増加したことによりバルクヘテロ層で発生する励起子が増加したためと考えられる。つまり、活性層の形状をグラデーション化することにより、厚膜化しても輸送効率の低下が少なくなり、特性向上につながったといえる。




図7 J-V特性6)


図6 2液供給型ESD法の概略図6)

参考文献
1)安田ほか:イオン注入されたアモルファスInGaZnO膜の抵抗値熱安定性、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、16-058(2021.3)
2)古田ほか:水素添加多結晶IGO:H膜による高移動度薄膜トランジスタ、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、16-020(2021.3)
3)田口ほか:光パターニングによるフレキシブル有機トランジスタの閾値電圧制御、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、11-357 (2021.3)
4)近藤ほか:液晶性を利用した高速ブレードコートによる有機半導体の同時製膜パターニングを用いたトランジスタとその特性評価、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、11-353(2021.3)
5)山根ほか:量子ドット/高分子材料の混合膜を発光層に用いた逆構造型QD-OLED、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、11-075 (2021.3)
6)伊橋ほか:2液供給型静電スプレー堆積法を用いた逆型有機太陽電池の作製、第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、11-094(2021.3)

REMARK
1)Stella通信はFPD&PCB関連ニュースの無償提供コーナーです(ステラ・コーポレーションがFPDやPCBそのものを製品化しているわけではありません)。
2)この記事はステラ・コーポレーション 電子メディア部が取材して記事化したものです。

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