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第66回応用物理学会春季学術講演会(3月9〜12日)


第66回応用物理学会春季学術講演会 有機トランジスタ向けでニュープロセスの報告が相次ぐ

3月9〜12日、東京工業大学・大岡山キャンパスで開かれた「第66回応用物理学会春季学術講演会」。私見では、今回は有機トランジスタに関する報告が目立っていたように感じた。有機トランジスタを中心におもなトピックスをレポートする。

撥水性絶縁膜により有機トランジスタを低電圧・安定駆動

 近年、有機トランジスタでは表面エネルギーがきわめて低い撥水性ゲート絶縁膜を用いると、その上部に成膜される有機半導体層と良好な界面が形成され、低電圧・安定駆動が実現するというのが定説になりつつある。東京大学と産業技術総合研究所の研究グループは今回、撥水性絶縁膜上に塗布型有機半導体膜を形成し、低電圧・安定駆動が可能かどうかを検証した。

 撥水性ゲート絶縁膜材料にはパーフルオロポリマーCytopを用い、低分子有機半導体と高分子有機半導体を用いてそれぞれ試作素子を作製した。具体的には、@酸化膜レスのシリコン基板上にCytopを塗布、AAgソース/ドレインをSuPR-NaP法で印刷、B有機半導体膜をプッシュコート法で塗布し、ボトムゲート/ボトムコンタクト型素子を作製した。また、親水性SiO2絶縁膜とAu蒸着ソース/ドレインを設けたリファレンス素子も用意した。


図1 トランスファー特性(a)、スイッチング特性(b)1)


 まず、DAポリマー「PDVT-10」を用いた高分子デバイスに関してはCytop素子はON領域におけるヒステリシスが大幅に抑制され、低電圧駆動を実現。さらに、バイアス安定性も高く、Vthシフトもミニマム化できた。

 一方、低分子デバイスは撥水性のCytopゲート絶縁膜上に低分子有機半導体Ph-BTBT-Cnを直接塗布することが困難なため、濡れ性を効果的に活用したプロセスを導入した。具体的には、Agソース/ドレイン電極を表面処理して親水性に改質する一方、Cytopはそのまま撥水性を維持することにより、塗布プロセスで低分子有機半導体を自己整合的にソース/ドレイン上に付着させた。その特性は上記の高分子デバイスと同様、Cytop素子ではVthが-1.4Vと急峻なスイッチング特性が得られた。つまり、塗布型デバイスでも高分子、低分子ともCytop撥水性絶縁膜による特性改善効果が確認できたわけである。

O2プラズマ処理によってVthを制御


図2 ペンタセンTFTのドレイン電流-ゲート電圧特性2)

 神戸大学の研究グループは、O2プラズマ処理によってボトムコンタクト型有機トランジスタのVthが制御できたことを報告した。研究グループは従来、SiO2絶縁膜をO2プラズマ処理したトップコンタクト型デバイスでVthを制御することに成功。今回はより一般的で作製しやすい構造であるボトムコンタクト型デバイスにも適用可能かどうかを調べた。

 実験では、熱酸化膜付きシリコン基板上にAu/Au0.95Ni0.05を成膜し、フォトリソグラフィとリフトオフプロセスでソース/ドレイン電極をパターニング。そして、UVオゾン処理を15分、次にO2プラズマ処理を0〜180秒行った後、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)とペンタフルオロベンゼネチオール(PFBT)によって表面処理した。そして、ペンタセン有機半導体を膜厚45nmで真空蒸着した。チャネル長は4μm、チャネル幅は1mmである。

 図2はトランスファー特性で、O2プラズマ処理時間とともに電流の立ち上がりがゲート電圧の正方向にシフトしていることがわかる。しきい値電圧は処理時間=0秒、30秒、60秒、120秒、180秒でそれぞれ2.2V、4.9V、12.6V、26.1V、50.4Vで、処理時間に対してほぼリニアに変化した。飽和領域におけるキャリアモビリティはそれぞれ0.67cm2/Vs、0.60cm2/Vs、0.50cm2/Vs、0.28cm2/Vs、0.30cm2/Vsだった。しきい値電圧およびモビリティのO2プラズマ処理時間に対する変化の傾向は、トップコンタクト型デバイスとほぼ同様だった。この結果、ボトムコンタクト型短チャネルペンタセンTFTでもモビリティを維持したまま、数Vの範囲でしきい値電圧が制御できることが確認できた。

親水基板上に成膜した単結晶有機半導体膜を撥水性絶縁膜上に転写

 有機トランジスタの製造プロセスでは、単結晶有機半導体が得られる連続エッジキャスト法を効果的に利用するニュープロセスの報告が相次いだ。まずは東京大学、OPERANDO-OIL、JST、物質材料研究機構の研究グループで、単結晶有機半導体膜を撥水性絶縁膜上に転写するプロセスを報告した。


図3 Cn-DNBDT-NWの分子構造(a)、剥離薄膜の電子回折パターン(b)、試作デバイスの断面図(c)、トランスファー特性(d)3)

 前記のように、有機トランジスタの特性改善には撥水性絶縁膜を用いるのが有効という説が有力となっているが、その表面エネルギーゆえに、上部に有機半導体膜を塗布することが困難である。そこで、研究グループは転写法を用いて撥水性Cytop絶縁膜上に単結晶有機半導体膜を転写することにした。ちなみに、連続エッジキャスト法はシリンジから有機半導体溶液をガラス製ブレードに連続供給し、基板をX方向に移動させながら成膜する方式で、基板移動速度と有機溶媒の揮発速度を最適化すると単結晶膜が得られる。

 実験では、親水性基板である天然マイカ上にp型半導体Cn-DNBDT-NW(図3-(a))単結晶膜を連続エッジキャスト法によって塗布成膜した。これを水に浸したところ、有機半導体膜がマイカ基板から遊離し“フリースタンディング状態”となる。これは、マイカ基板は水の接触角が3度、有機半導体膜は111度とその表面エネルギー差が大きく、水が界面に容易に侵入するためである。図3-(b)のように、遊離後も有機半導体は単結晶状態を維持する。一方、撥水性ゲート絶縁膜Cytopを塗布したSiO2膜付きシリコン基板を用意。マイカ基板と密着させ、図3-(c)のように水を滴下すると、天然マイカ基板が剥離し、単結晶有機半導体単膜がCytop上に転写される。この後、Au膜をメタルマスクスルー蒸着しソース/ドレイン電極を形成してボトムゲート/トップコンタクト型デバイスを作製した。

 図3-(d)はそのデバイス特性で、キャリアモビリティは12cm2/Vsと有機トランジスタとしてはマックスの値が得られ、さらにヒステリシスもほとんど観察されなかった。また、天然マイカに代わって元基板としてガラス基板を用いてもこの剥離&転写プロセスが適用できることが確認できた。

リフトオフ法でドーパント層付きソース/ドレインを形成

 さらに、東大、OPERANDO-OIL、JST、物質材料研究機構、パイクリスタルというほぼ同じ研究グループは連続エッジキャスト法を活かせるパターニングプロセスとしてダメージフリーリソグラフィ法を提案した。その目的は、有機半導体とソース/ドレイン電極の界面に選択的ドーパントを設けてデバイスの動作速度を高速化することにある。

 図4にプロセスフローを示す。まずCn-DNBDT-NWの2分子層極薄有機単結晶を連続エッジキャスト法によって成膜する。続いて、Cytop絶縁膜を塗布しO2アッシングによって表面改質した後、フォトレジストを塗布しフォトリソでパターニングし、フッ素系エッチャントによってCytop層をウェットエッチングする。この後、F8-TCNQドーパントとAuを真空蒸着した後、フッ素系溶媒によってリフトオフする。この結果、コンタクト界面のみにF8-TCNQが設けられたソース/ドレイン電極が完成する。


図5 遮断周波数測定結果4)


図4 プロセスフロー4)




 このプロセスで作製したデバイスはチャネル長50μmで約20Ω・cmと極めて低い接触抵抗値を示した。また、チャネル長1.5μmという短チャネル素子でも2.9cm2/Vsと高いモビリティを達成。さらに、図5のようにその遮断周波数は38MHzと有機TFTで最高の値が得られた。

有機半導体インクにSAM材料を添加してプロセスステップ・タイムを削減

 プリンテッドエレクトロニクスの必須プロセスであるプリンティングプロセスでは、JNC石油化学が自己組織化単分子膜(SAM)材料を添加した有機半導体インクを開発、この材料を用いることにより有機半導体と電極の接触抵抗低減とプロセスコストダウンを両立させるというユニークなプロポーザルを示した。


図6 新旧プロセスの比較5)

 周知のように、有機トランジスタでは絶縁膜や電極をSAM材料で化学修飾すると、電荷注入が改善するといわれる。なかでも研究グループは、電子吸引性のペンタフルオロベンゼンチオール(PFBT)によってAu電極を修飾すると効果が大きいと分析。これは、Au電極のイオン化ポテンシャルが4.97eVから5.26eVと深くなり、同社の有機半導体材料のイオン化ポテンシャル5.44eVに近くなり、電荷注入が良好になるためである。

 しかしながら、一般的にSAM処理には多くの浸漬時間がかかる。そこで、あらかじめ有機半導体インクにSAM材料を添加し、図3のようにプロセスステップを短縮することにトライした。インクの構成比率は有機半導体材料が0.5wt%,材料飛散防止のためのポリスチレンが0.2wt%、SAM材料が0.1wt%である。SAM材料としてはPFBT、電子供与性―吸引性の比較のためベンゼンチオール(BT)、直鎖アルキル―芳香族の比較のためパーフルオロデカンチオール(F-DT)を用いた。図6のように、活性層とAu電極上SAMは基板上にスピンコートすることにより瞬時に形成でき、プロセス時間の短縮や有機溶媒の削減が可能になる。

 実験の結果、PFBT混合インクを用いた場合、キャリアモビリティ0.21cm2/Vsと電極をPFBTであらかじめ処理した場合と同程度の性能を示した。一方、BTを添加した場合は素子駆動をほぼみせず、F-DTを添加した場合は撥液性が高いために電極上に薄膜が形成できなかった。

反転オフセット印刷で均一なチャネルを形成

 他方、山形大学と三菱ケミカルの研究グループは反転オフセット印刷法によってソース/ドレイン電極を形成し、そのチャネル長ばらつきがきわめて小さいことを報告した。


図7 ソース/ドレインの顕微鏡写真とチャネル長のヒストグラム6)

 ブランケット胴全面にインクを供給した後、凹版に不要な部分のインクを転写し、ブランケットに残ったインクのみをワークに転写印刷する反転オフセット印刷法は、インクジェットプリンティング法に比べ線幅均一性が高く、下地の状態にも左右されにくいといわれる。このため、TFTアレイの特性ばらつきも少なくなると期待される。

 試作デバイスはフューチャーインク製Agナノインクを用い、反転オフセット印刷法でソース/ドレイン電極を形成した。また、有機半導体材料には三菱ケミカルのDA型ポリマー「MOP-01」を使用した。

 10×10アレイのチャネル長を測定したところ、チャネル長5μm、10μm、25μm、50μm、70μmのいずれも±1μm以内と高いユニフォミティが得られた。キャリアモビリティは平均0.05cm2/Vs、ON/OFF電流レシオは106程度で、その再現性も高く、アレイ毎の特性ばらつきが大幅に抑制できることがわかった。

CNT-TFTはモビリティが155cm2/Vsと低温poly-Si TFT並みに

 有機TFTと競合するCNT(カーボンナノチューブ)-TFTでは、東レと産業技術総合研究所の研究グループがキャリアモビリティを低温poly-Si TFT並みに高めたことを報告した。

 CNT-TFTの特性を改善するには、バルクCNTのうち半導体型CNTの純度を高め、さらに直径分布を狭小化し長尺化するのが有効とされる。今回は独自開発したゲルカラム法による半導体型CNT抽出法をさらに工夫することにした。


図8 CNT-TFTのトランスファー特性7)

 ゲルカラム法は、@シングルウォールCNT分散液に分離剤を混入すると、金属型CNTがふるい落とされる一方、半導体型CNTだけがゲル分散カラムに吸着する、A流出剤を入れて半導体型CNTだけを流出させて取り出す、という仕組み。今回は分散剤のpHを検討した結果、pH8とpH12では後者の方が半導体型CNTの抽出純度が高いことが判明。さらに、カラム分散剤も最適化した。

 その結果、700nm付近の金属型CNTの吸収が減少し、金属型CNTの除去率が向上。また、半導体純度の異なる各CNTと半導体ポリマーの複合体を用いてCNT-TFT特性を評価したところ、CNTの半導体純度が向上するほど、図8のようにトランスファー特性が向上することが確認できた。これは、いうまでもなくゲート電圧で制御できない金属型CNTが低減されたことにより、CNTネットワークの半導体性能が向上したためと考えられる。この結果、キャリアモビリティは従来の118cm2/Vsから155cm2/Vsとさらに向上し、酸化物TFTや有機TFTをはるかにしのぐレベルにまで向上した。

参考文献
1)北原ほか:高撥水性キャリア輸送界面を用いた塗布型有機トランジスタの低電圧・安定駆動、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-325(2019.3)
2)藤田ほか:酸素プラズマ処理によるボトムコンタクト型有機トランジスタの閾値電圧制御、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-089(2019.3)
3)牧田ほか:塗布型有機半導体単結晶薄膜の高撥水性基板への転写と電界効果トランジスタへの応用、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-324(2019.3)
4)山村ほか:ダメージフリーリソグラフィを用いた高速有機単結晶トランジスタ、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-327(2019.3)
5)中原ほか:製造工程簡略化を指向して電子吸引性SAM材料を混合した有機半導体インク 、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-337(2019.3)
6)竹田ほか:均一なチャネル長を有する印刷電極を用いた塗布型有機トランジスタの特性ばらつき評価、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-225(2019.3)
7)平井ほか:半導体型カーボンナノチューブ高純度化によるTFT特性向上、第66回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集、10-224(2019.3)


REMARK
1)Stella通信はFPD&PCB関連ニュースの無償提供コーナーです(ステラ・コーポレーションがFPDやPCBそのものを製品化しているわけではありません)。
2)この記事はステラ・コーポレーション 電子メディア部が取材して記事化したものです。

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