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東京工業大学 細野秀雄研究室 アモルファスIGZO-TFTがディスプレイに採用の兆し
モビリティが10cm2/V・sec以上と高いため、まずは60型以上の4倍速TFT-LCDに有望か


 2004年11月末に透明なアモルファス酸化物半導体In-Ga-ZnO4(通称IGZO)をNature誌に発表し、今日の酸化物半導体ブームに火をつけた東京工業大学 細野秀雄教授。近年は国際学会で酸化物半導体のセッションが設けられるなど、酸化物半導体への注目度は増すばかり。ここにきてディスプレイメーカーをはじめ企業サイドでもIGZO半導体を用いたデバイスの報告が活発化しており、TFT-LCDや有機ELディスプレイへの量産採用もカウントダウン状態となっている。細野教授にIGZOの魅力と今後の実用化見通しについて聞いた。

フロンティア研究センター&応用セラミックス研究所 教授■細野秀雄氏 

Q:FPD分野ではポストa-Si TFTとしてIGZO-TFTへの注目度が高まっています。復習からですが、IGZO-TFTのアドバンテージは。
A:まずはアモルファスであるにもかかわらず、キャリアモビリティが10cm2/V・sec以上とa-Si TFTの10倍以上と高いことです。また、ON/OFF電流レシオも106以上が得られます。つまり、この時点ですでにディスプレイデバイスに適用可能なポテンシャルを備えているといえます。


図1 フロントドライブ型電子ペーパーの構造例

 さらに他のアクティブ素子にない特徴もあります。そのひとつは、半導体層がアモルファス構造なので低温でかつスパッタリング法など汎用な成膜法で容易に成膜できること、そして厄介な結晶粒界がないこと。これらは、トランジスタバラつきが少なく大型基板にも対応できること、また柔軟性と低温プロセスが要求されるフレキシブル基板製ディスプレイ、つまりフレキシブルディスプレイに適していることを意味しています。さらに、シリコン系と異なりアルカリなどの不純物の影響をほとんど受けないので、サブストレートにガラス基板を用いる場合も安価なソーダライムガラスが使用できるというメリットがあります。

 もうひとつは、半導体層が透明なこと。したがって、電極など他の構造物を透明な材料にすれば比較的容易に透明TFTが実現します。このため、TFT-LCDや電子ペーパーでは図1のようなフロントドライブ型デバイス(凸版印刷の考案)が実現します。また、LCDではパネルの開口率が向上しバックライト光の取り出し効率がアップしたり、トランジスタサイズをさほど微細化しなくてもいいといったメリットが出てきます。

 そのほか、既存のTFT材料・プロセス技術が流用できることもアドバンテージです。これは、とくに各レイヤーがセンシティブなため新たなプロセス技術開発が必要となる有機TFTに対して大きな優位点といえます。ここにきてIGZOはターゲットやタブレットが製品化され、コンベンショナルなスパッタリング法で成膜できることが実証されるなど実用化への問題も解消されました。

 しかし、これら以上に魅力的なのは誰でも簡単にハイモビリティのTFTが作れ、さらにその再現性が非常に高いことです。もちろん、作製後、大気にさらしてもトランジスタ特性は変化しません。こうした取り扱いやすい点がより実用化に適しているといえるでしょう。

Q:スパッタリング装置や成膜条件に膜特性がさほど影響されないわけですね。
A:そうです。ですから、IGZOを初めてさわる企業には「まずトランジスタを作製してみてください」といっています。そうすれば、IGZOがいかに扱いやすく、物性も安定していることが実感できるからです。Seeing is believingです。教えてもらった点に注意して作製した最初のデバイスがパッシベーションもせず空気中で正常に作動し、モビリティ5cm2/V・sec以上が出てびっくりしたという反応をよく聞きます。


図2 ボトムゲートTFTの基本構造

図3 トップゲートTFTの基本構造

形成法
モビリティ
ユニフォミティ
注入電流
安定性
大型化
各種回路搭載
プロセス温度
フィルム基板対応
透明性
実績
コスト
タクト
装置コスト
直接材料コスト
間接材料コスト
歩留り
トータル
低温poly-Si TFT
×
×
×
a-Si TFT
×
×
ZnO系酸化物TFT
有機TFT
×
表1 ディスプレイ用アクティブ素子の比較

実用化への課題はロングターム安定性のみ

Q:近年、FPDではSamsung Electronics、Samsung SDI、LG Display、凸版印刷などからIGZO-TFT駆動のTFT-LCD、有機ELD、電子ペーパーが相次いで発表されています。実用化も近いと聞いてますが。
A:個別企業の話については私がコメントする立場ではありませんが、ことディスプレイデバイスをドライブするうえでIGZO-TFTには大きな問題はないと考えており、実用化も近いとみています。

Q:ただ、LCDに用いる場合、IGZO半導体層がバックライトからの大出力光によってOFF電流が増大しON/OFF電流レシオが低下するのでは。
A:おっしゃるとおりで、550nm以下の短波長光を大出力で照射すると特性が変動し、とくにOFF電流が増大します。ただ、これはコンベンショナルなa-Siも同じです。一般的なボトムゲートTFTの場合、ゲートメタルがセルフアラインマスク機能を果たしますので、その上部に形成されるIGZO半導体層にはバックライト光が当たらないため問題ありません。一方、トップゲートTFTの場合は第1層目に半導体層とソース/ドレインが形成されるため、半導体層の下に遮光層が必要になるでしょう。ただ、これもa-Si TFTと同じですから、ディスアドバンテージとはいえないでしょう。

Q:となると、ディスプレイ用アクティブ素子としての課題はないと考えていいでしょうか。
A:いや、ロングタームでの安定性は唯一残された課題です。この面でもa-Si TFTよりは安定ですが、マイクロクリスタルSi-TFT、さらに低温Poly-Si TFTと比べるとアモルファスですのでどこまで改善できるかが課題でしょう。酸化物の場合に昔からネックになっている結晶粒界の問題はアモルファスなので回避できています。

Q:ただ、a-Si TFTよりロングターム安定性が高いわけですから、それでいいのでは。
A:個人的にはそう思うんですが、LCD用途ではVth変動を低温Poly-Si TFT並みに低減することが求められています。これは、ΔVthを抑制する補償回路を設けずにしたいためです。

Q:それはかなり贅沢な要求ですね(笑)。
A:まったく同感です(笑)。でもこういう要求が出てきること自体、期待されている材料なのだと感じています。一方、有機ELDは電流駆動型のため本質的にVth変動が大きく、よりVth変動が少ないIGZO-TFTが求められます。ただ、上に載せる有機EL素子の寿命を考えると、IGZO-TFTのVth変動が採用の律速になるかについては疑問ですが・・・・・・(笑)。

水蒸気アニールでモビリティを容易に向上

Q:もっと先に聞くべき話でしたが、IGZO半導体層は一般的なマグネトロンスパッタリング法で容易に成膜できますね。
A:もちろんです。すでにターゲットメーカーからIGZOターゲットが市販されており、これを用いてArガスに加えO2ガスをドープすれば誰でも容易に成膜できます。

Q:基板温度は室温でいいんですよね。
A:もちろん、室温成膜も可能です。ただ、室温成膜デバイスではO2分圧などのプロセス条件をシビアに管理しないとモビリティが10cm2/V・sec以上にならず、テキトーに成膜すると1cm2/V・sec程度になります。 このため、成膜後に大気中で水蒸気アニールすることをリコメンドしています。H2Oによって粒界の欠陥をパッシベートするという発想で、300℃×10分程度でアニールするとモビリティが1cm2/V・secクラスから10cm2/V・sec以上になります。しかも、アレイにおけるモビリティユニフォミティは±0.1cm2/V・sec以下と均一になります。


図4 アニール処理による特性改善
Unannealedは基板加熱なしで成膜、アニール処理のデータは400℃×1h  出所:Appl.Phys.Lett. 93, 1921072008)

Q:それはモビリティ、そしてその均一性とも驚異的ですね。アニールをすれば誰でも簡単に高性能なTFTアレイを作れるわけですね。
A:そうです。

Q:ところで、アニールはどの段階で行うんですか。
A:それは成膜後でもウェットエッチングによるパターニング後でも、さらに他の構造物を作製した後でも構いません。つまり、デバイス構造に合った段階でアニールすることが可能です。

Q:一般的なボトムゲート型の場合、IGZO半導体層を形成してからソース/ドレインを形成するため、ソース/ドレインのパターニングには酸によるウェットエッチングが適用できず、ドライエッチングを選択する必要があるのでは。
A:IGZOは酸で容易にエッチングできるため、そうした制約は出てくるでしょう。ただ、リフトオフ法でソース/ドレインを成膜・パターニングすることもできますし、IGZOを用いて半導体層とソース/ドレインを一括形成することも可能です。

Q:後者の意味がわからないんですが。
A:つまり、IGZOを活性層だけでなく電極としても用いるわけです。ソース/ドレイン部のIGZOにHプラズマを選択的に照射すると半導体性から導電性へ変化し電極として機能するからです(SID'08でキヤノンが発表し、次いでSamsungの別のプロセスで実現)。

Q:つまり、IGZOをスパッタリング成膜しパターニングした後、フォトレジストを塗布〜露光〜現像しソース/ドレイン部分以外をマスキングしてHプラズマを照射するわけですか。
A:そうです。

Q:その場合、ソース/ドレインの導電性が気になりますが。
A:現段階ではITOより一桁低い導電性、つまり10-3Ω・cmクラスが得られており、大きな問題はないと考えています。

60型以上の4倍速TFT-LCDに必須か

Q:話が戻りますが、ディスプレイ向けで最速の実用化は有機ELDになりそうでしょうか。
A:私見ですが、有機ELDよりも大型テレビ用TFT-LCDの方が早くなるとみています。

Q:大型TFT-LCDはa-Si TFTで問題ないような気がしますが。
A:ご承知のように、ここにきて液晶テレビはフル動画対応のため1倍速から2倍速、さらに3〜4倍速駆動になりつつあります。4倍速駆動の場合、60型以上ではa-Si TFTはそのモビリティからドライブするのは困難になります。そこで、IGZO-TFTの登場となるわけです。つまり、60型以上の4倍速駆動パネルはIGZO-TFTでしか実現しないわけです。これこそキラーアプリケーションといえるでしょう。

Q:なるほど、そういう絶対的な用途があるわけですか。
A:このため、この用途でまず最初に実用化されると予想しています。さらにいいことに、IGZO-TFTはプロセス温度が低温化でき、アルカリ成分とも反応しないため、基板に既存の高価なノンアルカリガラスでなく、安価なソーダライムガラスが使用できます。これは、モジュール製造コストを削減できることを意味します。いうまでもなく、TFT-LCDはコストダウンが大幅に進行し、コストカットできる余地はかなり小さくなっています。IGZO-TFTを用いれば、Samsung Electronicsが指摘しているようにこれまで手付かずだったガラス基板にもコストカットのメスを入れることができるわけです。

Q:やはりIGZO-TFTのポテンシャルはきわめて高いと実感しました。将来的にはフレキシブルデバイス用アクティブ素子としても有望ですね。
A:もちろんです。ただ、無機物なのでハンカチのように自在に曲げられるわけではありませんので、フルフレキシブルデバイスという意味では困難で、そうした面では有機TFTとも使い分けられていくでしょう。